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山口地方裁判所 平成5年(ワ)138号 判決 1996年3月26日

主文

一  被告は、原告に対し、金六〇七万九三七五円及びこれに対する平成六年七月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その七を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

三  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金二〇九三万一二五〇円及びこれに対する平成二年七月一八日(予備的に、平成五年七月二一日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告が、証券会社である被告の従業員の違法な勧誘によりワラント(新株引受権証券)を購入した結果損害を受けたとして、被告に対し、主位的に使用者としての不法行為責任に基づき、予備的に債務不履行責任に基づき、右損害の賠償を(遅延損害金を含めて)請求した事案である。

一  争いのない事実

1  被告は、有価証券等の売買等について証券取引法(以下「証取法」という。)二八条に基づき、大蔵大臣から免許を受けて証券業を営む株式会社である。

2  ワラント

新株引受権、すなわち、一定の期間(権利行使期間)内に、一定の価格(権利行使価格)で一定の数量の新株を引き受けることができる権利の付与された社債のことを新株引受権付社債(ワラント債)という。これには、新株引受権を社債と分離して譲渡することができない非分離型のものと分離して譲渡することができる分離型のものがあり、分離型新株引受権付社債においては、分離された新株引受権が有価証券に表章されて社債とは別個に流通する。ワラントとは、新株引受権付社債の内の新株引受権部分のことであり、また、この新株引受権を表章する有価証券を指していうこともある(以下においては、分離型新株引受権付社債における新株引受権又はこれを表章する有価証券をワラントという。)。

3  本件ワラント取引

原告は、被告下関支店の従業員である藤本典之(以下「藤本」という。)の井村嘉寿子(原告の妻、以下「嘉寿子」という。)に対する勧誘により、被告から次のとおり外貨建てワラント(以下「本件ワラント」という。)を購入し、被告に対し代金を支払った。

約定日 平成二年七月一八日

銘柄 大京ワラント

取引数量 一〇〇ワラント

代金 一八四三万一二五〇円

権利行使価格 四二五四円

権利行使期間の終期

平成六年七月一二日

4  購入時における本件ワラントの内容、価格等

(一)(1) 社債額面 五〇〇〇ドル

(2) ワラント価格 二五ポイント

ワラントの価格は、社債額面に対するワラント価格の比率を百分率で示す(この単位を「ポイント」という。)ことによって表示される。本件ワラントは二五ポイントであり、その価格は、5000ドル×0.25=1250ドルである。そして、ワラント購入時の為替相場は147.45円であるから、右価格を円に換算すると、1250×147.45=18万4312.5円となる。

(3) 権利行使価格 四二五四円

(4)付与率 一

社債額面に対しいくら払い込めば、ワラントを発行した会社に対して新株発行を請求できるかという割合であり、本件ワラントは一であるから五〇〇〇ドル払い込んで新株発行を請求できる。

(5) 固定為替 148.55円

新株発行を請求する場合の払込額を決定するためには右社債額面五〇〇〇ドルを円に換算する必要があるが、それは社債発行時の円、ドル為替相場で決定され(固定為替)、その後の為替相場の変動では変動しない。本件ワラントの場合は148.55円であり、右ワラントを一ワラント有する者は、七四万二七五〇円(=5000ドル×148.55)払い込んで株式会社大京の新株を引き受けることができる。

(6) 一ワラントで引き受けることができる株式数(引受株数)

右七四万二七五〇円を権利行使価格四二五四円で除することにより算出することができ、約174.6株となる。

(7) 権利行使期間の終期 平成六年七月一二日

(二) したがって、本件ワラント一〇〇ワラントを購入したことにより、原告は、株式会社大京に対し、平成六年七月一二日までに右購入代金とは別に七四二七万五〇〇〇円を支払って、同社の株式を一万七四六〇株引き受けることができる権利を取得したことになる。

(三) 本件ワラントのパリティ(理論値)について

(1) ワラントを購入した者は、「権利行使価格×引受株数」の金額をワラントの購入価格のほかに支払うことにより発行会社の新株を取得することができ、これを取得すれば、理論的には、これを「現在株価×引受株数」で売ることができる。したがって、ワラントの理論的値段は、(現在株価−権利行使価格)×引受株数ということになる。

右のワラントの理論的値段をドルに換算して社債額面に対する百分率(ポイント)で表示したものがワラントのパリティである。

そして、社債額面=(権利行使価格×発行を請求できる株式数)÷(固定為替×付与率)であるから、ワラントのパリティ=(現在株価−権利行使価格)÷権利行使価格×付与率×固定為替÷時価為替×一〇〇の数式で算出されることになる。

(2) 原告が本件ワラントを購入した時における株式会社大京の株価は高値で四一〇〇円であり、購入時のワラントのパリティはマイナス3.647ポイントである。

5  本件ワラント取引による損害

原告は本件ワラント一〇〇ワラントを売却せず保有していたところ、右ワラントは現在、その権利行使期間が経過しており、無価値である。したがって、原告は、本件ワラントの取引により前記購入代金一八四三万一二五〇円全額の損害を受けた。

二  原告の主張

1  原告及び嘉寿子(以下「原告夫妻」という。)の属性等

原告は昭和一九年に山口県立下関工業学校を卒業し、以後、農業と大工に従事しており、嘉寿子は家庭の主婦であった。原告夫妻は、昭和五六年に長男を交通事故で亡くしたことによる保険金等を運用するためその一部で、被告を通じて国債を購入した。

原告夫妻は従前、株式等の取引経験は全くなかったが、その後、被告担当者に、国債とは別に安全で有利な商品があると勧められて、それぞれ株式等を購入するようになった。なお、原告の投資については、嘉寿子がその窓口となっていた。しかし、原告夫妻は投資資金を夫婦の老後の資金として長く管理していくつもりであり、その投資における一番の関心事は安全性であった。原告夫妻は右の株式等の取引の際、被告従業員からその商品について具体的な説明を受けたことはなかったし、自ら投資に関する情報を集めることもしたことがなく、これらの取引はすべて専ら被告従業員の勧めに基づいて行っていたものである。

2  本件ワラント購入の経緯

藤本は平成二年七月一八日、原告方において、嘉寿子に対し、「この商品は、野村證券下関支店で井村さんのために特別に取った商品であって他に回せる商品ではない。」「これを買わなければ、自分が会社に対して困るし井村さんも先で困りますよ。」「絶対損することはない商品です。」と述べ、ワラントの内容や特質については説明することなく、本件ワラントの購入を勧誘した。原告夫妻は、それまでワラントのことは全く知らなかったところ、右勧誘により、ワラントは元本が保証されていると理解し、それが投資金額の全額を失ってしまうことがありうる商品であるとは全く考えもせず、原告の名義で本件ワラントを購入した。

3  ワラントの危険性、欠陥

外貨建てワラントは、以下のとおりの性質、取引方法等のため、投資商品として極めてリスクが高く、一般投資者にとっては欠陥商品というべきである。

(一) 価格変動の大きさ

ワラントの価格変動は株価の変動の数倍であり、その価値が大きく下落する危険性があり、ひいては株価が権利行使価格を下回って無価値となる危険性が高い。

(二) 権利行使期間の存在

ワラントは権利行使期間を経過すれば無価値となる。また、現在株価が権利行使価格を下回っている場合には、右株価が権利行使価格を上回ることがないと予想されるようになると無価値となり、実際には権利行使期間の相当前からワラントは無価値となってしまう。

(三) 価格形成の不透明、不公正

ワラントの取引は、証券会社と顧客との相対取引であり、証券会社が直接顧客に対しワラントを売り付け、また、顧客から買い付ける仕組みになっているため、証券取引所を通じて行われる取引と異なり公正さや客観性の担保がないし、顧客と証券会社とが利益相反の関係に立つことになる。

そのためワラントの価格形成は不透明かつ不公正であり、証券会社は、客観的な算出基準のないプレミアムの名のもとに、不透明な価格設定を行っており、取引実勢とかけ離れた価格形成がなされている。

(四) 為替リスク

外貨建てワラントの価格は、為替変動による影響も受ける。

(五) 価格開示の不十分性

ワラントの価格の開示は極めて不十分であり、投資者は自己が購入した証券の価格を満足に知ることができず、通常の方法では投下資本の回収ができない。

4  勧誘の違法性

藤本が原告に対して本件ワラントの購入を勧誘した行為は、以下の点で違法である。

(一) ワラント購入を勧誘したこと自体の違法性

ワラントの前記危険性等に照らせば、ワラントは、その内容、危険性、取引システム等を熟知し、十分な情報収集能力と資金力を有する者が、勧誘によることなく自ら望んでこれを購入する場合にのみ、その販売を正当化することができるものであり、証券会社が顧客に対しワラントの購入を勧誘することは、それ自体違法である。

(二) 適合性の原則違反

証券会社が顧客を勧誘して投資を行わせるに際しては、顧客の属性、資産状態、資金の性格、投資の目的や趣旨、投資経験の有無、内容等に照らして最も適合した投資勧誘を行わなければならない(適合性の原則)。原告夫妻の顧客としての前記属性及びワラントの前記危険性等に照らせば、原告に対して本件ワラントを販売したことは右原則に違反し違法である。

(三) 断定的判断の提供による勧誘

平成三年法律第九六号による改正前の証取法五〇条一項一号(以下「証取法旧五〇条一項一号」のようにいう。)は、証券会社又はその使用人等が、有価証券の売買その他の取引に関連し、有価証券の価格が騰貴し又は下落することの断定的判断を提供して勧誘することを禁止しているが、藤本が本件ワラント購入の勧誘に当たって、嘉寿子に対して、絶対損をする商品ではない旨述べたことは、断定的判断の提供に当たり違法である。

(四) 説明義務違反

(1) 証券会社が顧客にワラントを勧誘するにあたっては、顧客に対して商品の内容や危険性として、①ワラントは一定期間内に、一定の価格で、一定数の新株を引き受けることができる権利を表章する証券であること、②引受株数、引受に別途要する金額、権利行使価格、取引日における株価、パリティの各具体的数値、③権利行使期問を経過すれば無価値になり、かつ、価格変動が激しく、極めて危険性が高い商品であること、④株価が権利行使価格を下回っている場合にワラントの購入を勧誘するときは、権利行使期間が経過する前でも、右期間が終了するまでに株価が権利行使価格を超える期待がなくなると、ワラントは無価値になるおそれがあること、⑤ワラントは、その購入、売却ともに証券会社との相対取引となること、⑥ワラントの価格は公表されておらず、証券会社に問い合わせるしかこれを把握する方法がないことを説明する義務がある。

被告及び藤本は、原告に対して本件ワラントの購入を勧誘した際、右説明をすることを怠り、説明義務に違反した。

(2) ワラントの価格は、権利行使期間の終期までに株価が権利行使価格をどの程度超えるかについての投資家の予測値の権利行使価格に対する割合である。したがって、株価が権利行使価格を下回っている場合についていえば、右予測値が高まらない限り株価の上昇に連動して上昇することはない。例えば、現在の株価が下落しなくても権利行使価格を下回ったまま権利行使期間の終期が近づいた場合にはワラント価格はゼロになることがあるし、また、ワラントを保有する間に株価が多少上昇しても、権利行使期間の終期に接近したことによりかえってその終期までに株価が権利行使価格を超えるという期待が減少すれば、ワラントの価格は下落することが多い。このように株価の変動が予測できても、それはワラント価格の変動の予測につながらない。したがって、投資者は権利行使価格及びパリティを理解していなければ、ワラントの客観的な状態を理解することやワラントの価格の変動を予測することはできず、これらは、投資者が適正な判断をするためには不可欠であるから、特にこれらの意味内容及び数値について説明する義務があるというべきである。

5  損害

原告は、藤本の違法な勧誘により、次のとおり合計二〇九三万一二五〇円の損害を受けた。

(一) 本件ワラントの購入により一八四三万一二五〇円

(二) 弁護士費用 二五〇万円

原告は、原告訴訟代理人弁護士らに本件訴訟の追行を依頼し、山口県弁護士会報酬規定に従い着手金及び成功報酬として二五〇万円の支払を約束した。

三  被告の主張

1  原告夫妻の属性等

原告夫妻は昭和五六年一二月にそれぞれ被告下関支店に口座を開設した後、被告との間で、国債、投資信託、外国債券、転換社債、株式、外国株式、外国投資信託など多数の取引を行ってきたものであり、その中には後記3(一)のとおりワラント取引もあり、証券取引について十分な知識と経験を有していた。

2  ワラントについて

(一) ワラントは権利行使期間を経過すれば無価値になり、また、その価格は株価より大きく変動する点でハイリスクではあるが、株価の上昇時には、いわゆるギヤリング効果により株式投資以上の高収益を享受することができる点でハイリターンであるし、そのリスクも最大限でも投資額に限定されているなど投資者にとって大きなメリットもある商品である。

(二) ワラントの市場価格は需要と供給によって決まるのであり、これはパリティにプレミアム(権利行使期間内における株価の値上がり期待により生ずる価格)を加えたものであって、パリティが客観的で正しい価格ということではない。株価が権利行使価格を下回るとパリティはマイナスになるが、そのような場合でも、権利行使期間内に株価が権利行使価格を上回る可能性があると予測する投資者がいる限りワラントに対する需要はあり、プレミアムが存在する。

(三) ワラントの価格形成が不透明、不公正ということはないし、価格開示が不十分ということもない。

3  本件ワラント購入の経緯

(一) 原告は本件ワラントを購入する前にも、二回にわたって被告からワラントを購入し、これらを売却して利益を得ていたものであり、その際、被告は原告に対し、次のとおりワラントについて説明した。

(1) 原告は昭和六二年七月二三日に最初のワラント(トヨタ自動車ワラント)を購入したが、右購入を勧誘するに際し、当時原告夫妻を担当していた被告下関支店の従業員栗山哲也(以下「栗山」という。)は、主として嘉寿子に対して、電話で、ワラントとは新株を引き受けることのできる権利であること、ワラントは株式に比べて価格の変動が大きく、したがって株式以上にリスクは大きいが、逆に株式が値上がりした場合には株式以上の投資効果があるハイリスク・ハイリターンの商品であること、ワラントには行使期限があり、期限付の権利であることなどを説明し、嘉寿子はこれを理解した。さらに、被告は右購入日の翌営業日に、原告に対して右ワラントの取引報告書を発送したが、その際、「ワラント取引のご案内」と題する書面をこれに同封して送付しており、右書面にはワラントの概要と危険性が具体的に記載されていた。

(2) 原告は、昭和六三年五月九日に二回目のワラント(トーメンワラント)を購入したが、右購入を勧誘するに際し、当時原告夫妻を担当していた被告下関支店の従業員芦田正典(以下「芦田」という。)は、ワラントとは一定期間内にあらかじめ定められた価格によって一定数量の新株を引き受ける権利であることの説明やワラントがハイリスク・ハイリターンの商品であることにつき右(1)と同旨の説明を行ったほか、ワラントは権利行使期間が経過すると無価値になることなどの説明を行った。また、芦田は、原告が右ワラントを購入した直後に、原告に対してワラントの取引説明書を郵送したところ、嘉寿子は右説明書を読み、芦田に対して電話で、ワラントがハイリスク・ハイリターンであることについて質問したので、芦田はその点を中心にして再度ワラントの商品性について説明し、嘉寿子はこれを理解した。そして、原告は、受領した説明書の内容を確認したなどの記載のある確認書に署名捺印をした上、そのころ被告に提出した。

(二) 藤本は、原告が本件ワラントを購入した前日である平成二年七月一七日に電話で、嘉寿子に対し、ワラントは新株を引き受ける権利であること、ワラント価格は株価に連動して動き、上にも下にも概ね株価の三倍位の割合で変動するから、株価が上がるときにはそれより少ない資金で株以上の投資効率が得られる可能性がある反面、株価が下がったときにはそれ以上にリスクが大きいこと、新株を引き受けるための権利行使期限があり、これを過ぎるとゼロになること、本件ワラントの場合、権利行使期限まで四年間残っていることなどを説明したところ、嘉寿子は右説明を理解した。そして、原告は嘉寿子を通じて本件ワラントを購入することを承諾し、翌一八日、右約定の執行が行われた。

4  したがって、藤本が嘉寿子を通じて原告に対して本件ワラントの購入を勧誘した行為に何ら違法性は存しない。

5  過失相殺

投資者は、自己責任の原則のもと、自らの判断と責任において、投資を行うのであり、投資対象となる商品について、その内容や特性等の投資者が必要と考える事項の調査をすべき注意義務は、基本的には投資者自身にあるというべきである。

四  争点

1  本件ワラントの購入を勧誘したこと自体が違法であったか否か。

2  本件ワラント購入の勧誘行為は適合性の原則に違反する点で違法であったか否か。

3  本件ワラント購入の勧誘行為は断定的判断の提供に当たり違法であったか否か。

4  本件ワラント購入の勧誘行為は説明義務に違反する点で違法であったか否か。

第三  争点に対する判断

一  本件取引の経過

1  証拠(甲三、乙一の1ないし4、二ないし四、八ないし一一、証人嘉寿子、同栗山、同芦田、同藤本、弁論の全趣旨)によれば、以下の事実が認められる。

(一) 原告夫妻の属性、投資経験等

(1) 原告(昭和二年生まれ)は、昭和一九年に県立下関工業学校を卒業した後、大工をする傍ら農業を営み。嘉寿子(昭和八年生まれ)は、昭和二三年ころに下関商業高校併設中学校を卒業後、洋裁学校に二年間通い、その後原告と結婚し、以来、家庭の主婦をする傍ら原告と共に農業を営み、それぞれ現在に至っている。

原告夫妻には二人の子供(息子と娘)がいたが、昭和五六年三月に、原告夫妻と同居し、老後を頼る予定でいた消防署勤務の二四歳の息子を交通事故で亡くし、生命保険金及び労災給付金等を受け取った。そして、原告夫妻は、右保険金等を老後の蓄えとするつもりで、その一部で土地を購入するとともに、被告下関支店において同年一二月、元本保証ということで国債を各三〇〇万円ずつ購入し、残余の保険金等を郵便局に貯金した。右国債の購入が原告夫婦にとって初めての証券取引であったが、取引の当初から、老後の資金なので損をするような資金運用はできない旨を被告に対して告げていた。

(2) 原告(実際の担当は嘉寿子)は右国債購入後、老後の資金なので損をするようなことはないですねと取引の度に繰り返し念押ししながらも、大丈夫ですよと言う被告従業員の熱心な勧誘により、被告との間で、国債、投資信託、外国債券、外国投資信託、転換社債の取引を次々と行うようになり、昭和六〇年五月以降には、株式(国内株式のほか外国株式も含む。)の現物取引もするようになり(これらの投資対象は、国債を除いて変動性の商品である。)、本件ワラントを購入した平成二年七月一八日の前までの取引は、購入回数で見ると、投資信託、転換社債が各十数回、国内株式が三〇回位、外国株式が三回、外国投資信託が数回などというものであった。原告は、右の国内株式や外国株式の取引において、一銘柄の売買により、一〇〇万円を超える利益を得たことが数回あったが、他方、一〇〇万円を超える損失を被ったことも数回あり、投資金額のおよそ五ないし二〇パーセントを失ったことが何回かあったほか、昭和六二年七月に購入したIBM、同年八月に購入したスミスクラインバックス(いずれも外国株式)では、これらをその数か月後に売却してそれぞれ一二〇万円余り(投資金額の約半額)、四五〇万円余り(投資金額の約四〇パーセント)の損失を被った。また、原告は本件ワラントを購入する前に、被告から、ワラントを購入したことが二回あった(後記(二))。

(3) 嘉寿子も前記(1)の国債購入後、被告従業員の熱心な勧誘により、被告との間で、原告の取引と歩調を合わせて原告と同様の取引を行うようになり、原告が本件ワラントを購入した平成二年七月一八日の前までの取引は、購入回数で見ると、投資信託、転換社債が各一〇回余り、国内株式が二〇回余り、外国株式、外国投資信託が各二回などというものであり、これらの購入、売却により、数万円ないし百数十万円の利益を得たり損失を被ったりしており、一〇〇万円を超える損失を被った取引として、昭和六二年七月に購入したIBM、ブリティッシュガス(いずれも外国株式)をその後売却してそれぞれ一一〇万円余り(投資金額の四〇数パーセント)、一三〇万円余り(投資金額の四〇パーセント弱)の損失を被ったことがあった。

(4) 被告における原告夫妻の預かり資産は、原告が本件ワラントを購入した当時、原告につき三〇〇〇万円余り、嘉寿子につき二〇〇〇万円余りであり、その資金は、主として、老後の蓄えとしての前記息子の生命保険金等と郵便貯金を取り崩したものであった。

原告夫妻は信用取引をしたことはなく、また、被告との間でワラント取引を行うまではワラントを購入したことがなく、ワラントに関する知識を持ち合わせていなかった。また、原告は、吃音の言語障害があり人とはあまり話をせず、嘉寿子の方が原告よりもまだ取引についての理解力があったので、原告は嘉寿子に被告との証券取引を全面的に任せていて、被告従業員と自ら取引の話をすることもほとんどなく、原告の被告との取引は実際にはほとんどすべてを嘉寿子が行っていた。嘉寿子は、毎日新聞を購読するくらいで、会社四季報などで投資に関する情報を自ら収集したことはないし、嘉寿子の方から被告に対して、積極的に購入する銘柄を指示したり、購入した商品の売却を指示したりしたことは全くなく、専ら被告従業員の勧誘に基づいて、原告及び自己の取引口座で証券取引を行っており、その投資態度は慎重かつ消極的で、被告の担当従業員から投資勧誘を受けた際、口ぐせのように損をすることはないですねと念押ししていたが、被告従業員が勧誘にかかる商品が有利である旨述べると、その商品の内容、特質や有効性の根拠を自ら吟味することなく、被告従業員の言辞を信頼して投資するという受動的なものであった。

(二) 本件ワラント購入前のワラント取引

(1) 嘉寿子は昭和六二年七月二三日ころ、被告下関支店の従業員である栗山から、電話でトヨタ自動車外貨建てワラントの購入を勧誘され、嘉寿子は同日原告の承諾の下に、右ワラントを一八三万七八〇〇円で購入した。その際、数分間の電話による会話の中で栗山は嘉寿子に対し、商品の種類と簡単な商品概要について触れ、有利な商品だとは述べたが、ワラントの危険性についてほとんど説明をしなかった。

昭和六三年七月二〇日右ワラントの売却により、原告は六九万二〇九七円の利益を得た。

(2) 嘉寿子は昭和六三年五月九日、被告下関支店の従業員である芦田から、電話でトーメン外貨建てワラントの購入を勧誘され、嘉寿子は同日原告の承諾の下に、右ワラントを五三万七三六七円で購入した。その際、一〇分足らずの電話による会話の中で、芦田は嘉寿子に対し、商品の種類と商品概要について簡単に触れ、商品の有利性は述べたが、ワラントの危険性について特に説明をすることはなく、ワラントの取引説明書を送るので、その末尾に添付されている確認書に署名押印した上で被告に返送してほしい旨述べた。

芦田は、右ワラント取引の直後、ワラント取引説明書(乙八と同内容のもの、以下「説明書」という。)を原告に郵送したが、右説明書には、①ワラントとは、一定の行使期間内に一定の行使価格で、一定量の新株を購入(引受)できる権利を有する証券であること、②ワラント投資はハイリスク・ハイリターンであること、ワラントは値上りも値下がりも株式の数倍の速さで動き、値上がりすればハイ・リターン、値下がりすればハイ・リスクになること。③ワラントには、新株を購入(引受)できる期間として行使期間があり、この期間中にワラントを行使しないとその経済的価値はなくなること、④外貨建てワラントについては、その価格には為替の影響があるし(為替リスク)、店頭取引の為、証券会社によって多少価格が異なることがあることがそれぞれ記載されている。

嘉寿子は右説明書を受け取り、それをほとんど読むことなく、芦田の指示に従い、説明書の最後の頁にあるワラント取引に関する確認書(乙四)に署名押印した上、右確認書を説明書から切り離して被告下関支店に郵送し、同支店は同月一六日までに右確認書を受け入れた。右確認書には、受領した説明書の内容を確認し、自己の判断と責任においてワラント取引を行う旨記載されている。

同年六月九日右トーメンワラントの売却により、原告は一二万二二一五円の利益を得た。

(三) 本件ワラント購入

嘉寿子は平成二年七月一七日ころ、被告下関支店の従業員である藤本から、夜忙しくしている時間帯に電話で本件ワラントの購入を勧誘され、嘉寿子は原告の承諾の下に、右ワラントを購入する旨述べたため、翌一八日その手続が実行され、本件ワラントの売買がなされた。このころ、原告は嘉寿子に対し損失の出る取引はもうやめるようにと言っていたので、嘉寿子は藤本に対し安全な商品をお願いしますと言ったのであるが、右勧誘の際、藤本は嘉寿子に対し、本件ワラントの有利性を強調し、ワラントの内容や危険性についてはほとんど説明をせず、嘉寿子のワラントに関する認識は、株式と大きな違いのない変動性の商品という程度のものに過ぎなかった。原告は、原告夫妻がそれぞれ保有していた前田道路の株式を本件ワラントの購入日に合計一八四四万円余りで売却した代金を本件ワラントの購入代金に当て、そのころ、被告に対して本件ワラントの代金を支払った。

2(一)  前記1(二)(1)の認定事実に関し、証人栗山は、嘉寿子に電話でトヨタ自動車ワラントの購入を勧誘した際、ワラントについて、①ワラントとは新株引受権であること、②ワラントには行使期限があること、③ワラントは株式以上に価格の上下が大きく、株式が上がればそれ以上に上がるが、株式が下がればそれ以上に下がること、④トヨタ自動車の株価とトヨタ自動車ワラントの権利行使価格がそれぞれいくらであるかということなどを説明し、右④につき、当時株価が権利行使価格を下回っていたので、右ワラントはトヨタ自動車の株式をそのときの株価よりも高い価格で買い受けることのできる権利であるという説明をした上、原告がトヨタ自動車ワラントを購入した後、被告下関支店から、ワラントについて、権利行使期間が経過すれば価値がなくなること、ワラントの価格の変動率は株式に比べて大きくなる傾向があり、株式より高い投資効果を上げることも可能である反面、値下がりも激しく、場合によっては投資金額の全額を失うこともあるなどの記載のある「ワラント取引のご案内」と題する書面(乙一四と同じもの)を原告に送付した旨証言する。

しかしながら、①わずか数分間の電話による会話の中で、ワラントにつき予備知識のない嘉寿子に理解できるように、証人栗山の供述するような複雑な事項を説明できるとは考えられないこと、②原告夫妻は、栗山がその担当者になってから、被告との間で、従前購入していた国債、投資信託のほか、外国投資信託、転換社債、国内株式、外国株式等の取引を新たに行うようになったが、栗山は原告夫妻にとって初めてのこれらの商品について、商品自体の内容や特質をあまり詳しく説明することはなく、原告夫妻はこれらの商品に関しては変動性の商品であるという認識を有するに過ぎない状態であったが、栗山に対して商品の具体的な内容や特質の説明を求めることもなく、専ら栗山の推奨にしたがってこれらの商品を購入していたことが窺われること(乙三、九、証人嘉寿子、同栗山)、③証人嘉寿子は証人栗山の証言を全面的に否定する証言をしており、証人栗山は権利行使期間はワラントの重要な内容であると証言しているが、権利行使期間がある旨の説明をしたことはその作成にかかる陳述書に記載されていないこと(乙一〇)などからすれば、証人栗山の前記証言は採用することができない。

(二)  前記1(二)(2)の認定事実に関し、証人芦田は、嘉寿子に電話でトーメンワラントの購入を勧誘した際、ワラントについて、①ワラントとは、一定の期間内に予め定められた権利行使価格で予め決められた数量の新株を引き受けることのできる権利であること、②ワラントの価格は、株価に連動するが株式以上に変動があり、株式以上に大きな利益が出ることもあるが、逆に、非常に大きな損失が出ることもあること、③ワラントには権利行使期限があり、右期限を経過すると価値が無くなること、④トーメンの株価は権利行使価格より低いこと、実勢株価マイナス権利行使価格がどの位置にあるかということが理論価格であり、ワラントの実勢価格と理論価格との間はプレミアムであること、トーメンワラントの理論価格はマイナスであることなどを説明した、嘉寿子は、原告のためにトーメンワラント購入後、被告から送付されたワラントの説明書に記載されているハイリスク、ハイリターンの意味がよく分からなかったため、芦田に電話をしてハイリスク、ハイリターンという用語の説明を求めたので、芦田は再度ワラントについて説明した旨証言する。

しかしながら、①わずか一〇分足らずの電話の会話で、ワラントにつき理解していない嘉寿子に対し、トーメンの株式を推奨するとともに右のような多くの複雑な事柄を理解できるように説明することができるとは考えがたいこと、②証人芦田の説明内容についての証言は、証言内容が変遷し、不自然な点が多く、また、ワラントは権利行使期限を経過すると価値が無くなる旨の説明をしたことはその作成にかかる陳述書に記載されていないこと(乙一一)、③証人嘉寿子は右証言を全面的に否定する証言をしていることなどによれば、証人芦田の右証言は採用することができない。

(三)(1)  前記1(三)の認定事実に関し、証人藤本は、本件ワラントの購入を勧誘した際、ワラントについて、①ワラントとは、発行会社の新株を引き受ける権利であること、②ワラントの価格は、株価と連動して変動し、一般的に、変動の幅は上にも下にも大体株価の三倍位動くこと、そして、ワラントは、株式に比較して高い投資効率を有するが、株価が下がったときは株式以上にリスクが高いこと、③ワラントには、新株を引き受けるための行使期限があり、期限になるとゼロになってしまうことを説明した、その際、嘉寿子がワラントの危険性について心配することはなかった旨証言する。

しかしながら、①本件ワラントの購入資金は、従前保有していた株式を売却したことによる代金を当てたものではあるが、大工を行う傍ら農業をしている原告や家庭の主婦と農業の手伝いをしているに過ぎない嘉寿子にとって、本件ワラントの購入代金の千八百数十万円という金額は大きな金額と考えられることや、原告夫妻が投資には慎重かつ消極的で、老後の資金を確保しておく必要もあったこと(前記1(一)、証人嘉寿子)に照らせば、証人藤本が証言するようにワラントの危険性の高さを具体的に説明されたにもかかわらず、その危険性について質問したり心配したりすることもなく右のような金額を容易に投資することは不自然であること、②証人藤本は、原告にとっては自分が担当になって初めてのワラント取引なので、念のためということで前記のとおり説明した旨証言するが、既に説明書の交付を受け確認書を提出していることが明らかな嘉寿子に対してワラントに関する理解の有無を質問することもなく、ただ念のためにということで前記のような詳細な説明をしたというのは不自然であるし、昼間農作業に従事した後の夜の多忙な時間帯に電話だけの短時間の会話で、嘉寿子に理解できるように複雑な内容の説明ができるとは考えがたいこと、③証人嘉寿子は藤本により前記説明がなされたことを全面的に否定する証言をしていることなどによれば、ワラントについて前記説明を行った旨の証人藤本の前記証言は採用できない。

(2) 前記1(三)の認定事実に関し、甲三(嘉寿子の陳述書)には、藤本は本件ワラントの購入を勧誘した際、嘉寿子に対し、「この商品は、野村證券下関支店で井村さんのために特別に取った商品であって他に回せる商品ではない。」「これを買わなければ、自分が会社に対して困るし井村さんも先で困りますよ。」「絶対損することはない商品です。」と述べ、原告夫妻は、ワラントは元本が保証されている商品であると理解した旨の記載があり、証人嘉寿子もこれに副う証言をしている。

しかしながら、証人嘉寿子は、ワラントは株と同様のものであると思っていた、したがって、元本保証でないということは分かっていたとも証言しているし、藤本は嘉寿子に対して右のようなことを述べたことを否定していることによれば、甲三の前記記載及びこれに副う証人嘉寿子の証言は直ちに採用することができない。

二  ワラントの性質等

1  前記争いのない事実、証拠(甲六ないし八、乙八、一三の1、一四、弁論の全趣旨)によれば、ワラントは、以下のような性質を有していることが認められる。

(一) ワラントは、一定の権利行使期間内に一定の権利行使価格で一定の数量の新株を引き受けることができる権利であり、ワラントを有する者は、その発行会社の株価が権利行使価格を上回っている場合には、ワラントを行使することにより、市場でその銘柄の株式を購入するのに比べ割安にこれを取得することができるが、株価が権利行使価格を下回っている場合には、これとは逆にワラントを行使することが経済的に無意味となる。したがって、ワラントは、まず、新株引受権を行使して得られる利益相当額、すなわち、株価から権利行使価格を差し引いた額に引受株数を乗じた額(パリティ)の価値を有するが、実際の取引においては、権利行使期間の終期までの株価の上昇を期待して、右のパリティに株価上昇の期待値(プレミアム)が付加された価格で取引されており、ワラントの価格はパリティにプレミアムを付加した金額である。そして、株価が権利行使価格を下回っている場合でも、市場において、権利行使期間の終期までに株価が上昇して権利行使価格を上回る可能性があるという期待感がある限り、プレミアムが存しワラントが価値を有することになる。

ワラントは、権利行使期間が経過すれば無価値になるが、右期間内においても株価が権利行使価格を下回り、期間内に右価格を上回ることがないことが確実になったときは無価値になる。

(二) ワラントの価格は一般的には発行会社の株価の変動に応じて上下するが、右の価格にはプレミアムの部分もあるため、株価の変動と必ずしも連動しない場合もあり、複雑な要因による値動きをするし、また、外貨建てワラントの価格は為替変動による影響も受ける。

そして、ワラントの価格の変動は、株価の変動に較べて数倍大きくなる傾向があり(「ギヤリング効果」といわれる。)、投資金額に比して高い利益を得る可能性がある反面、激しく値下がりする危険性もあり、場合によっては投資金額の全額を失うこともある。しかも、前記のとおり権利行使期間が経過すれば無価値になることから、ワラントは、同額の資金で株式の現物取引を行う場合に比べて、ハイリスク・ハイリターンな特質を有する商品である。

2(一)  原告は、ワラントの危険性等として、その価格形成が不透明、不公正である旨主張する(原告の主張3(三))。しかし、原告が主張するような取引実勢とかけ離れた価格形成が行われていることを認めるに足りる証拠はなく、かえって、証拠(甲六、乙八、弁論の全趣旨)によれば、外貨建てワラントは、国内では証券会社の店頭で相対取引がなされており、いくつかの証券会社が、前日のロンドンにおける業者間マーケットの最終気配値を基に、当日の東京株式市場の株価動向を考慮して、各銘柄の気配値を出し、顧客との間で直接に売買を成立させているため、ワラントの売買価格は値付けをする証券会社によって多少違うところがあるが、各証券会社とも一定の数値、基準のもとに決定しているので、各会社間で大きな差異は存しないことが認められ、これによれば、ワラントの価格形成は取引実勢とかけ離れたものではないというべきであるから、原告の前記主張は採用できない。なお、本件とは直接関係はないが、右証拠によれば、本件ワラント取引の二か月位後の平成二年九月二五日からは、日本証券業協会の同年七月一八日付けの理事会決議「外国新株引受権証券の売買、気配の発表等について」に基づき、相当数の銘柄に関して業者間取引は日本相互証券を通じたものに集中すると同時に、日本相互証券の取引時間中に証券会社が顧客とワラントの売買取引を行う際は、業者間取引において日本相互証券に発注されている銘柄ごとの売買注文の直近の仲値を基準として上下0.75ポイントの範囲内で行うこととなっている。

(二)  また、原告は、ワラントの危険性等として、その価格開示が不十分であると主張する(原告の主張3(五))。しかし、証拠(乙五の1ないし16、証人藤本、同嘉寿子、弁論の全趣旨)によれば、被告は顧客からワラントの価格の問い合わせがあったときはこれに応じて価格を回答していたこと、被告は、平成二年八月三一日ころから一ないし三か月に一回位の割合で、原告に対し、書面により、本件ワラントについて時価評価額、時価評価損等の金額を通知していたことが認められ、これらの事実によれば、顧客は、被告からいつでもワラント価格の情報を得ることができたことが認められるから、原告の右主張は採用できない。

三  証券取引の勧誘における証券会社等の義務

一般に、証券投資は、本来危険を伴うものであって、証券会社から提供される情報等も経済情勢や政治状況等の不確定な要素を含む将来の見通しの域を出ないのが実情であり、投資者自身において、当該取引の危険性とそれに耐えうる財産的基礎を有するか否かを自ら判断して、自己の責任において行うべきものである(自己責任の原則)。

しかしながら、証券会社が法律により証券業を営むことを許されていて、証券市場を取り巻く政治、経済情勢はもちろん、証券発行会社の業績、財務状況等について高度の専門的知識、豊富な経験、情報等を有する上、一般投資者との取引を通じ手数料などの形で利益を上げている一方で、多数の一般投資者が証券取引の専門家としての証券会社の推奨、助言等を信頼して証券市場に参入している状況の下においては、このような投資者の信頼が十分に保護されなければならないというべきである。

そして、証取法旧五〇条一項一号、五号、証券会社の健全性の準則等に関する省令一条一号、証取法旧五八条二号、一九七条二号が、証券会社等による断定的判断の提供、虚偽の表示又は重要な事項につき誤解を生ぜしめるべき表示等を禁止し、昭和四九年一二月二日蔵証第二二一一号大蔵省証券局長通達「投資者本位の営業姿勢の徹底について」が、証券会社の投資勧誘に際しては、投資者の意向、投資経験及び資力等に最も適した投資が行われるよう十分配慮すること(適合性の原則)、特に、証券投資に関する知識、経験が不十分な投資者及び資力に乏しい投資者に対する投資勧誘については、より一層慎重を期することなどを要請し、財団法人日本証券業協会制定の「協会員の投資勧誘、顧客管理等に関する規則(公正慣習規則第九号)が、ワラント取引などの一定の危険性の高い証券取引にかかる契約を締結しようとするときは、顧客に対し、あらかじめ所定の説明書を交付し、当該取引の概要及び当該取引に伴う危険に関する事項について十分説明するとともに、取引開始にあたっては、顧客の判断と責任において取引を行う旨の確認を得るため、顧客から確認書を徴求するものとすると規定しているのも、前記の観点から投資者の保護を図ったものということができる。

もっとも、これらの法令、通達、協会規則等は、公法上の取締法規又は営業準則としての性質を有するものであり、これらの定めに違反した行為が私法上も直ちに違法と評価されるものではないが、これらの法令等は多数の一般投資者が証券会社の推奨、助言等を信頼して証券取引を行っているという状況の下で、投資者の信頼を十分に保護するために制定されたものであるから、証券会社やその使用人は、投資者に投資商品を勧誘する場合には、投資者が当該取引に伴う危険性について的確な認識を形成するのを妨げるような虚偽の情報又は断定的判断等を提供してはならないことはもちろん、投資目的、投資経験、財産状態等に照らして明らかに過大な危険性を伴う取引を積極的に勧誘することを回避すべき注意義務を負うというべきであるし、また、取引に伴う危険性が高い投資商品を投資者に勧誘する場合には、信義則上、特段の事情のない限り、当該商品の概要を説明した上で、投資者の職業、年齢、財産状態、投資経験、投資目的等の具体的状況に応じて、投資者が当該取引に伴う危険性について的確な認識を形成するに足りる情報を提供すべき注意義務(説明義務)を負うというべきであり、証券会社等がこれらの義務に違反して投資勧誘に及んだと判断されるときは、右勧誘行為は私法上も違法となるといわなければならない。

四  争点1(本件ワラントの購入を勧誘したこと自体が違法であったか否か)について

原告は、ワラントの危険性等に照らせば、証券会社が顧客に対してワラントの購入を勧誘すること自体が違法である旨主張するので、以下検討する。

ワラントは、値下がりする場合には下落幅が大きく、場合によっては投資金額の全額を失う危険性もあり、かつ、権利行使期間が経過すれば無価値になる点で、同額の資金で株式の現物取引を行う場合に比べてハイリスクな特質を有するが、他方、法令上その売却が是認されていて、購入勧誘を禁止する法令も存しない上、値上がりする場合には株式の数倍の値上がりをしてハイリターンを期待することもできる商品であり、かつ、危険性に関しても損失は最大限で投資金額に限定されるもので、投資商品としての合理性を有するということができるし、ワラントの危険性については、前記二に判示したとおりである。したがって、ワラントの購入を勧誘することがそれ自体勧誘方法等の如何を問わず社会的相当性を欠くということは到底できない。

五  争点3(本件ワラント購入の勧誘行為は断定的判断の提供に当たり違法であったか否か)について

原告は、藤本が嘉寿子に対して本件ワラントの購入の勧誘した行為は、絶対損をする商品ではない旨述べた点で断定的判断の提供に当たり違法である旨主張するが、藤本が右のようなことを述べたことが認められないことは前記一1(三)、2(三)(2)のとおりである。そして、藤本が嘉寿子に対して本件ワラントの購入を勧誘した際、その有利性を強調したことは前記一1(三)のとおりであるが、その勧誘が断定的判断の提供に当たるものであったとまでは認められず、原告の右主張は採用できない。

六  争点2(本件ワラント購入の勧誘行為は適合性の原則に違反する点で違法であったか否か)及び同4(本件ワラント購入の勧誘行為は説明義務に違反する点で違法であったか否か)について

1  原告は、被告及び藤本が適合性原則及び説明義務に違反した旨主張するので、以下検討する。

(一) ワラントは前記二1のとおりのハイリスク・ハイリターンな特質を有する危険性の高い商品であり、特に今回の投資額は千八百数十万円と原告夫妻にとっては非常に多額であること、原告及び原告から証券投資を任されていた嘉寿子は、株式等の取引経験は相当あるものの、その職業等は大工、農業、主婦といった投資には縁が遠いものであり、原告は言語障害があることもあって、原告よりもまだ取引についての理解力の高い嘉寿子に取引を全面的に委ねていたこと、原告夫妻は老後を頼るつもりでいた息子を亡くし、その生命保険金等を被告へ投資しており、その投資資金を将来のために確保する必要があり、このことを嘉寿子は被告に対し取引の当初から告げていたこと、その投資態度は、投資情報を自ら収集することもなく、専ら被告従業員の勧誘に基づいて売買を行うという受動的なものであり、主体的な投資判断を行うことはなかったこと、被告との間でワラント取引を行うまではワラントを購入したことがなく、ワラントに関する知識を持っていなかったことなどによれば、被告又はその使用人が原告あるいは嘉寿子に対してワラントの購入を勧誘するに際しては、原告あるいは嘉寿子に対し、特段の事情のない限り、ワラントの概要を説明し、かつ、当該具体的状況に応じて、当該取引に伴う危険性について的確な認識を形成するに足りる情報を提供すべき注意義務(説明義務)を負うというべきである。なかんずく、前記二に判示したワラントの特性や危険性に照らすと、株式の取引経験のある原告あるいは嘉寿子に対しては、株式にはないワラントの危険性の重要な点として、第一に、ワラントの価格は一般的に株価に比してその数倍の値動きをすること、第二に、権利行使期間を経過するとワラントは無価値になること、最低限この二点について、原告あるいは嘉寿子が具体的に十分理解できる程度に説明すべきである。

(二)(1) 原告は、この他にも、被告において、引受株数、引受に別途要する金額、権利行使価格、取引日における株価、パリティの各具体的数値(原告の主張4(四)(1)②)、株価が権利行使価格を下回っている場合にワラントの購入を勧誘するときは、権利行使期間が経過する前でも、右期間が終了するまでに株価が権利行使価格を超える期待がなくなると、ワラントは無価値になるおそれがあること(同4(四)(1)④)、証券会社との相対取引となること(同4(四)(1)⑤)、ワラントの価格は証券会社に問い合わせるしか把握する方法がないこと(同4(四)(1)⑥)、特に権利行使価格及びパリティの詳細な意味内容(同4(四)(2))を説明する義務があると主張する。

(2) しかしながら、前記(一)で判示したように、被告としては、株式取引の経験のある原告あるいは嘉寿子に対しては、ワラントの概要を説明した上で、株式にはないワラントの危険性の重要な点として前記の二点を原告あるいは嘉寿子が具体的に理解できるように説明しさえすれば、原則として、ワラント取引の危険性について的確な認識を形成するに足りる情報を提供すべき注意義務(説明義務)は果たしたものというべく、それ以上の詳細は、投資者が自己責任の原則に基づき、被告に質問して説明を求めるなり、自ら調査するなりして、自己の判断と責任において投資するか否かを決定すべきものである。即ち、引受株数や引受に別途要する金額の不知は購入者に不則の損害を与えるものではないし、権利行使価格、取引日における株価、パリティの各具体的数値は、ワラントの危険性を認識させる上で必要不可欠なものとは言えず、被告から前記二点の説明を受けたことに基づき、自ら必要であると判断すれば、被告に更なる説明を要求すべきことであるし、原告の主張4(四)(1)④については、前記二点の説明が原告あるいは嘉寿子に対してなされれば通常その危険性を理解することができるといいうるし、相対取引であることやワラント価格の把握方法は、特にワラントの危険性の内容となるものではないし(前記二2)、権利行使価格及びパリティの意味内容もワラントの危険性を認識させる上で必要不可欠なものとは言えず、投資者が、自己責任の原則に基づき、被告に質問して説明を求めるなどすべき事項に属するものであるから、いずれも当初の顧客勧誘の段階においては被告に説明義務があるとまでは認められない。したがって、原告の前記(1)の主張はいずれも採用できない。

2  そこで、本件において被告が原告あるいは嘉寿子に対し、ワラントの概要を説明し、かつ、株式にはないワラントの危険性の重要な点として前記二点を、原告あるいは嘉寿子が具体的に理解できる程度に説明したか否かについて、以下検討する。

前記一1の事実及び証拠(乙八、一三の1)によれば、①原告夫妻は、最初のワラント(トヨタ自動車ワラント)及び二回目のワラント(トーメンワラント)購入の際、被告からワラントの危険性についての説明をほとんど受けなかったこと、②原告が二回目のワラントを購入した際、被告は原告に対して説明書(乙八)を郵送し、原告は、受領した説明書の内容を確認し自己の判断と責任においてワラント取引を行う旨の記載のある確認書に署名押印をした上、被告に提出し、右説明書には、ワラントの危険性として重要な前記二点の一応の説明は記載されていること、③しかし、例えば、被告がワラントを購入した原告に対してその保有するワラントの時価評価額、時価評価益(損)の金額を通知するために平成二年八月三一日以降送付を始めた書面(乙五の1ないし16、一三の1)の裏面の記載と比べると、右裏面には、ワラントの概要の記載のほか、ワラントの危険性として重要な前記二点について、明確に記載され、右記載部分には下線が引かれ、読む者の注意を喚起する形態となっているのに対し、原告に交付された前記説明書においては、ハイリスク、ハイリターンに関する説明は、「ワラント投資の魅力」という大きな見出しの下に、ワラントの魅力としてその投資効率の高さを強調する文章とともに記載されている上、乙一三の1のような「値下がりも急激で、場合によっては投資金額の全額を失うこともある」といった危険性を端的に説明する文章も存しないため、その内容を全体的に見ると、ワラントの危険性について注意を喚起する側面よりむしろワラントの魅力を印象づける側面の方が強いものとなっており、また、行使期間中にワラントを行使しないとワラントの経済的価値がなくなるということは、他の箇所とは区別された囲みの中に記載されているものの、「行使価格」「付与率」「非分離型ワラント債」と共に言葉の説明として、しかも他の箇所より少し小さい活字で記載されているに過ぎず、その見出しを一見しただけでワラントの危険性に関する記述であると分かるものとは言いがたいし、下線を引くなどの工夫もなされていないのであって、右説明書は、読む者に対してワラントの危険性に対する注意を喚起するという面からすると不十分であるといわざるをえないこと、④その上、被告が原告に対して右説明書を交付した時期は、嘉寿子が電話で被告からワラントの危険性の説明をほとんど受けることなくトーメンワラントを購入する約定をした後であるのであって、右約定を撤回することは法律上できない段階になってからで、しかも、説明書を郵送したに過ぎず、面談して説明書の該当箇所や注意すべき箇所を示して口頭で補足説明をするなどということはなされなかったし、現実に原告夫妻は右説明書をほとんど読んでいないことが認められる。

右の事実を前提として、前記1(一)に判示した原告夫妻の職業や属性、投資態度等に照らせば、栗山や芦田は、原告が本件ワラント購入前に被告との間で行ったワラント取引の際に、ワラントの概要やその危険性として重要な前記二点について、原告あるいは嘉寿子が理解できるような説明を行ったものとは到底認めることはできない。そして、藤本はその後、嘉寿子がワラントについて株式と大きな違いのない変動性の商品であるという程度の認識を有するに過ぎなかったにもかかわらず、ワラントの概要やその危険性として重要な前記二点を説明することなく、嘉寿子に対して本件ワラントの購入を勧誘したのであるから、右勧誘は前記説明義務に違反したものといわなければならない。そして、藤本にはこの点について過失もあったと認められるから、被告は、右勧誘に基づいて本件ワラントを購入して損害を受けた原告に対して、使用者としてその損害を賠償する責任を負うものというべきである。

七  賠償すべき損害額について

1  原告は本件ワラントを購入したことにより購入代金一八四三万一二五〇円全額の損害を受けた(前記第二の一5)。

2  過失相殺

本件ワラント購入の勧誘は前記のとおり違法なものであったが、他方、原告夫妻は従前多数の証券取引の経験を有し、株式取引では投資金額の四割ないし半額程度の損失を被ったことも何回かあり、本件ワラント取引においてもワラントがそのような変動性の商品であることの認識は有していたこと、過去ワラント取引によって利益を得たこともあること、原告が被告との証券取引を任せていた嘉寿子は、本件ワラント購入の前に行ったトーメンワラント取引の直後、株式と異なるワラントの危険性として重要な前記二点の説明が一応記載されている説明書の交付を受けたにもかかわらず、これをほとんど読むことなく、受領した説明書の内容を確認したなどの記載のある確認書に署名押印をした上被告に提出していたこと、原告夫妻は、本件ワラントの購入に際し、投資対象であるワラントについて、被告に詳しい説明を求めたり、自ら調査研究したりすることを全くせず、被告従業員に勧誘されるまま安易に本件ワラントを購入したことに照らせば、原告夫妻にもその損害発生について少なからぬ落度があるというべきであり、原告の右落度のほか勧誘行為の違法性の程度などの本件に顕れた一切の諸事情を考慮すると、過失相殺として、原告の本件ワラント購入による前記損害の七割を減ずるのが相当である。

3  したがって、本件ワラント購入による前記損害のうち被告が原告に対して賠償すべき金額は、五五二万九三七五円とするのが相当である。

また、原告が本件訴訟の提起、追行を原告訴訟代理人に委任したことは当裁判所に顕著な事実であるところ、本件事案の内容、本件訴訟の経過及び認容額等諸般の事情を考慮すると、原告が被告に対し不法行為に基づく損害賠償として請求することのできる弁護士費用は五五万円とするのが相当である。そして、附帯請求の起算日は、不法行為の場合その損害発生日というべきところ、本件ワラントは権利行使期間の終期である平成六年七月一二日の経過により無価値となったのであるから、同日をもって損害発生日とすべきであり、これが附帯請求の起算日となる。

なお、予備的請求につき認容の余地があるとしても、右認容金額を超えることはない。

八  以上によれば、原告の請求は、被告に対し、六〇七万九三七五円及びこれに対する平成六年七月一二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は失当である。

(裁判長裁判官 坂本倫城 裁判官 村木保裕 裁判官 井田宏)

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